No.2 砂利道ツアー
その1 道道115号芦別砂川線

2000年6月17日撮影


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砂利道ツアーの話は、去年(1999年)の10月にさかのぼる。

「旭川まで、砂利道を通って行こう」
1999年10月17日、プリメーラで砂利道に足を踏み入れたものの、思いがけない雪のため、砂利道に入ってから2kmで断念。その時の様子はこちら。雪が降る前に行こう、と急いで行ったにもかかわらず、皮肉にもその日に雪が降ってしまったのだった。

あれからちょうど8か月後、同じメンバーで、今度はプラドで再挑戦。
2000年6月17日(土) 晴れ
運転者:も、同乗者:ま、poo、え


上砂川から、道道芦別砂川線を東へ進む。快適な道路を走り、上砂川岳温泉の建物を右に見ながらカーブへ差し掛かると、「この先砂利道」「幅員減少」「徐行」「<<」の看板が並んでいる(写真2)。すぐに舗装は途切れ、車1台半くらいの幅の砂利道に突入する(写真3〜5)。

少し進むと、道の脇に草ぼうぼうの駐車スペース?があり、その端にトイレがあるが、写真6のようにほとんど廃墟と化している。写真を撮っていると、ちょうど前から車が来たのでびっくり。普通のセダンで、若い男性が乗っていた。この道、意外に交通量があるのだろうか?

8か月前と同じ道を先に進む。あの時は、先に進むほどに雪が多くなり、心細さが増す一方だったが、今日は違う。細い橋を渡り、砂利道に入って約2km、去年断念した場所を通過。ちょっと急な上り坂のカーブを、今日は難なく越えてさらに進むと、後ろから車に追いつかれた。わき道に頭を突っ込んで先に行かせると、その車はミラージュ・ディンゴで、しかもレンタカーだった。近道のつもりで、こんな道とは知らずに迷い込んでしまったのか、それともあえてこの道を選んだ物好きなのか。このダートはまだ十数km続くのだ。

そのまま、急な上り坂の脇道を進む。脇道は急勾配・急カーブを重ねながら先に続く(写真9〜11)。途中、登山道らしき道があり、リボンが結んであった。さっきの道につながっているのかな? などと話しながら、さらにアップダウンを越えて進むと、左カーブの先で突然砂利がなくなり、前を見るともう道がない。何かがあるわけでもなく、なぜこんなところで行き止まりなのかは謎。バックで、少し広いところまで引き返す。道幅に余裕はなく、片側は崖で、当然ガードレールなどはなく、道を踏み外したらもう命はないところだが、も君の絶妙のハンドリングで無事に生還。わき道から道道に戻る。分岐点のわき道側はかなりの急勾配で、フルブレーキでも車が砂利を押し流して滑るほど。

道道をさらに進む。この道には、道道を示す番号標やキロポストは一切なく、カーブに設置してあるミラーに「北海道」と書いてあるくらいだが、歌志内市と芦別市の境界にはしっかりカントリーサインが立っていた(写真12)。

さらに進む。今までは全くなかったカーブの標識が立っていたり、砂利が深かったり、新しい砂利が敷かれているところもあったりする(写真15)。管轄が違うのだろうか? でも、道道だから道の管理で、歌志内も芦別も同じ滝川の管轄では? などと思いながら先へ進む。「芦別10km 砂利道につき走行注意」という看板がある(写真16)。今までこういった看板が全くなかったので、ちょっと唐突な感じ。

さらにしばらく進むと、景色が開けてくる。砂利道のままではあるが、道幅も少し広くなる(写真17)。その先、道はさらに広がって2車線幅になり、路肩表示も登場。そして、ようやく舗装になる。砂利道ツアー第1本目完走である。舗装路に入ると、初めのトイレの廃墟以来の対向車とすれ違う。このまま国道に出るのかな? と思ったら、そうではなく、しばらく行くと道幅が狭くなり、1.5車線ほどになってしまい、急カーブの連続になる。そして、そのままの幅で国道452号との交点に達する(写真18〜22)。

写真1
冬期通行止の看板
写真2
このカーブを過ぎると…
写真3
舗装の切れ目(1)
写真4
舗装の切れ目(2)
写真5
砂利道に入る
写真6
トイレ(の廃墟)
写真7
カーブ
写真8
写真9
脇道に入ってみた
写真10(脇道)
かなりの急勾配
写真11(脇道)
上り坂急カーブ
写真12
歌志内市・芦別市境界
写真13
緑の中を走る

動画(MPEG1 約1.3MB)
写真14
急カーブに立つミラー
写真15
新しい砂利(向こう側)
写真16
芦別まで10km
写真17
景色が開けてきた
写真18
国道452号との交点

写真19
林立する看板(国道側から)
写真20
道路通行規制区間
写真21
イラストが面白い
写真22
除雪案内
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